日本の公共図書館の多くは、
昭和25年の図書館法の制定から整備が進み、
昭和45年の『市民の図書館』の出版を機会に
児童サービスがクローズアップされ、
おはなし会などの現在のサービス形態が形作られたと
考えられます。
『市民の図書館』では、3つの重点項目
貸出を伸ばす、児童サービスの重視、市民への全域サービス
が位置づけられており、児童サービスが
図書館を形作るための大きな柱であったといえます。
次に、昭和45年頃の社会的な動向を見てみましょう。
国内の主な事件をあげますと、
大阪万博開幕
水俣病公害問題
日本航空機よど号ハイジャック事件
三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺
と、まさに高度経済成長の終盤にあって、
明るい未来像と供に
イデオロギー対立による国内での摩擦が激しい時期でもありました。
このような中で、当時の子ども達は、
大阪万博の会場で想像も出来ないような未来に触れると同時に、
国内が大きく変化していることを感じていたのではないでしょうか。
親の側に置き換えますと、1960年代から「教育ママ」という言葉が使われはじめ、
高校や、大学に入学するために必要なテストに合格するためのスキルを子ども達に身につけさせることは、
お母さんの大きな責任になっていました。
個々に、図書館の児童サービスと
「教育ママ」の子育てに関する価値観が合致した時に生じたのが、
今の図書館のおはなし会で生じる、読み手と来場者の感覚的なズレに繋がってくるのではないでしょうか?
特に、おはなし会の会場で走り回る子どもを良しとしない点や
「良書主義」的な、選書ルールも、
当時の国内の社会的な状況と子ども達が大人として成長して行くために必要な条件を考えると
なんとなく、理解できます。








