先日、武蔵野美術大学の美術館で開催されていた
「MIX WORKS —— tupera tuperaの仕事 2002–2026」を訪れました。
展示を歩きながら、僕はずっと胸の奥にあった小さな違和感の正体に、
ようやく触れたような気がしました。
これまでにも、さまざまな絵本作家の方とイベントでご一緒してきました。
そのたびに感じていたのは、
多くの作家さんにとって 絵本は“表現の一ジャンル”にすぎない ということです。
造形、デザイン、文章、舞台、映像、クラフト、生活文化。
その人の中に流れている複数の表現言語が、
たまたま絵本という形式に落ち着いた結果として作品が生まれている。
けれど、絵本を読む側はつい、
目の前の一冊だけを材料に「作家性」を語ってしまいがちです。
僕はそのたびに、どこか言葉にできない違和感を覚えていました。
人はそんなに単純じゃない。
作品はその人の一面を切り取った断片にすぎない。
その思いが、ずっと胸の奥でくすぶっていたのだと思います。
今回の展示は、その違和感に静かに答えをくれました。
tupera tupera の仕事は、絵本だけでは到底語りきれないほど多面的で、
その地層の厚みが、展示空間いっぱいに広がっていました。
絵本原画、映像、舞台美術、クラフト、ワークショップ、生活用品のデザイン。
それらが混ざり合いながら「tupera tupera」という創作体が立ち上がっている。
絵本はそのうちの 一断面 にすぎないのだと、
目の前の作品たちが静かに教えてくれました。
絵本だけを見て作家を評価することのナンセンスさ。
その違和感の正体が、ようやく腑に落ちた気がしています。
人は多面的で、創作はもっと複雑で、
作品はその一部をそっと見せてくれているだけ。
その当たり前のことを、僕はあの展示であらためて思い出しました。

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