「良い絵本」って何よ?


「良い絵本」「悪い絵本」という言葉が絵本の解説の時に使用されることがままあります。
では、「良い絵本」と「悪い絵本」を分けるポイントはどこにあるのでしょう。
いくつかの解説サイトや、僕が何度か足を運んだ研修会などで言われているものを
大雑把に分類すると、以下のようになります。

「良い絵本」

わかりやすく正確な絵がある
聞きやすい文章で書かれている
絵と文章のバランスがとれている
繰り返し読むことができる

などなど、色々な表現ではありますが、大体こんなところです。
一方の悪い絵本については、まぁ、この逆を考えれば良いと思うのですが、
それ以外にも

「悪い絵本」

結末が曖昧
付録付きの絵本

などなど、様々なご意見があります。
では、ここでの言われる絵本とはどういったものを指すのでしょうか?

ここで気にしなければいけないのは「良い絵本」「悪い絵本」を判断しているのは誰か?ということです。
絵本の評価をしているのは、私たち大人です。
そして、大人が子どもに対して絵本を手渡そうとするときの判断として「良い絵本」「悪い絵本」という判断をしているのです。

この、大人が絵本を評価しているというところが、今回の大きなポイントになります。
子ども達から見て、大人の絵本の評価が必ずしもマッチしていると言い切れるかというと
これには、疑問が残ります。
「大人がこの絵本はよろしくない」
と判断しても、子ども達の多くに受け入れられた事例はたくさんありますし、
今でも版を重ねていて、気がついたら「良い絵本」として評価されていた事例もあります。

モーリス・センダックの『かいじゅうたちのいるところ』などは、
その最たるものではないでしょうか。

子どもに絵本を手渡すとき少なからず、大人の側は、
子ども達に「良い子」に育って欲しいという欲というフィルタを通しています。

このフィルタが絵本を「良い」「悪い」の価値判断をさせているのではないかと僕は考えています。
そして、この価値判断の基準は、年を経て変わっていきます。

子育てにおいて我が子を「良い子」に育てたいというのは、よくわかりますし、僕もそうでした。
でも、親の価値観で、与えるものを制限することは、必ずしもプラスには働かないのではないか、
それは、絵本に限らず、どんなものでも一緒です。

大人の世界は「清濁併せ吞む」がスタンダードなのに子どもに対しては「清いもの」としてあり続けるために制限する。
大人の大いなる矛盾が「良い絵本」と「悪い絵本」の評価の中に存在すると、僕は考えています。


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