このところ、絵本専門士への支援策みたいなものを検討する話し合いによばれることがあり、
あらためて絵本専門士の活動について考える機会が増えました。
結果、「この資格は、そもそもマネタイズを前提に設計されていなかったのではないか」
という、絵本専門士として活動している人なら、誰しもがぼんやりと考えながら、
「気がつかなかったことにしている」課題に直面することとなりました。
もちろん、絵本専門士の理念は素晴らしいものです。
絵本を文化資源として捉え、子どもと大人の読書環境を豊かにし、地域に文化の循環を生み出す——。
その思想に惹かれて資格を取得した人は多いし、僕自身もその一人です
しかし、現実の活動に目を向けると、どうしても避けられない壁がある。
「絵本専門士として活動しても、生活が成り立たない」
という、切実な課題に向き合わざるを得ません。
読み聞かせは無料であるべき、
子どもに関わる仕事は“善意”であるべき、
文化活動はボランティアで支えられるべき——。
そんな“空気”が「絵本を伝える」という活動には常に付きまとう訳です。
そして資格制度の設計段階から、
「専門性を収入につなげる」という視点が欠けていたのではないか
という思いが、どうしても拭えな拭えなくなって行きます。
資格を取ったからといって、講師としての仕事が保証されるわけでもない。
地域での活動が収入につながる仕組みもない。
専門性を評価する市場も、まだ十分に育っていない。
つまり、絵本専門士は「社会的意義は大きいのに、経済的基盤が弱い資格」
としてスタートしてしまったのだ。
これは、支援体制についてこれまで具体策を提示してこなかった、
運営する側の責任と、
これまで善意に頼って運営がなされてきた、
日本の文化行政や子ども支援の構造的な問題でもあります。
文化や教育の価値は語られるのに、その担い手の持続可能性は語られない。
「やりがい」と「善意」で支えられてきた領域だからこそ、専門性が正当に評価されにくい。
今必要なのは、
「資格そのものを稼ぐ装置にするのではなく、資格を持つ人が活動しやすい“場”を増やすこと」です。
たとえば、
・地域での読みあいの場をデザインできる人
・保護者に絵本の価値を伝えられる人
・家庭の読書環境を整えるアドバイザー
・図書館や保育施設と協働できる人
・文化を“届ける”仕組みをつくれる人
こうした役割を担える人が増えれば、絵本専門士の価値は自然と社会に広がっていく。
資格を持つ人が活動しやすい仕組みをつくることこそ、行政が本気で取り組むべきテーマなのだと思う。
資格を取った人が、
「学んでよかった」で終わるのではなく、「学んだことを社会に還元できる」「その活動が持続可能である」
そんな未来をつくるために。
絵本専門士という資格は、まだ“完成形”ではない。
社会の中でその必要性が認められ成長していくべき資格なのだと思う。
そのためには、理念だけでなく、経済的な持続可能性を組み込んだ新しい仕組みづくりが欠かせない。
絵本を愛する人たちが、その専門性で食べていける社会へ。
文化の担い手が、文化によって支えられる社会へ。

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