「よい絵本」という言葉がよく使われるのが、
読み聞かせ(あまりこの言葉は好きではない)の世界です。
じゃあ、よい絵本って何よ、と聞くと、
まぁまぁ、とおり一辺倒な言葉が、
地元のボランティアの「重鎮」みたいな人から出てくることがあります。
曰く
「時間を経ても売れている絵本」だったり、
「美しい文書」だったり、
「イラストレーションの表現力」だったり、
まぁ、そういったモノが優れているというのがよい絵本だという話なのですが、
じゃあ、それって子ども達が選んでいるの?
という話になると、決してそうではない気がします。
僕が図書館に勤務していた頃、
とある絵本の評価について、県内の児童図書館界の「重鎮」のかたが、
否定的に取り上げたことがありました。
その頃、図書館の人だった僕は、
「そういうモノか」と納得しましたが、
その絵本は、今でも子ども達から評価されており、
大人からの評価も高くて、重版を重ねています。
この経験から、僕は作り手ではない人が否定的な評価をしているときには、
その作品を自分で確かめるようにしています。
結局、よい絵本、そうじゃないの判断基準は、
自分がその絵本を子ども達と一緒に読んで、
楽しめたのか、楽しめなかったのか、
楽しめなかったとすれば、その原因はどこにあったのか、
そういうことをきちんと確認して、
言葉にしなければいけないと思うのです。
ひょっとすると、
僕の好みの問題かもしれない、
子どもの好みの問題かもしれない、
その原因は、絵本の作品としての評価にあるのではなく、
その時の環境要因によるモノなのかもしれない、
そういったことをよく検証しないで、
短絡的に絵本を「よくない」と否定的に扱うことは、
したくないのです。
子ども達に絵本を手渡すときに
自らの感想がノイズになっていないか、
注意すべきなのは、大人の「知った風」なのかもしれません。
コメントを残す