絵本の空白地帯というはなし


先日の、サトシンさんとのイベントの中で、
いわゆる「良書主義」について話題にしました。

一部のおはなし会のボランティアの皆さんなどが言うところの
良い絵本の基準である「成人式を過ぎている絵本」的な、
長い間に重版を重ねている絵本を選書しましょうという話です。

これもひとつの価値観ではあると思うのですが、
僕が図書館で司書をしていた頃からもうすでに10年以上が経過しており、
この価値観の尺度に照らし合わせていくと、
結構な数のロングセラー絵本が、
発売当初は、批判されていたという面白い現象が起きています。

実は、この現象に関する、明確な解答というのがなされていないのが、
これまた面白いところだったりします。

例えば、宮西達也さんの『にゃーご』は1997年出版ですから、
もう25年も重版を続けていて、国語の教科書にも載っていたりします。

僕が図書館で働いていた頃、この絵本の評価は、
絵本の視点が、猫の視点、ネズミの視点と、移り変わりが忙しく、子ども達が混乱する
と、いうようなものでした。

当時、心の中では「子ども達のことを舐めすぎじゃないかな?」と思いながら、
話を聞いていましたが、

なんとなく、この風潮はいまだに続いていたりします。

子ども達と「同時代」の絵本を大人が認めないという行為は、
僕には、絵本と、子ども達の持つ文化的なバックボーンを理解せず、
子どもと対峙しようとする大人の身勝手さではないかと思えてなりません。

今一度、大人の都合による絵本の評価というのを見直してみても良いのかもしれませんね、


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